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2006.10.27
にっぽん丸も今年(2006年)で16歳を迎える。
しかし運航する商船三井客船にとってはけしてここまで順風満帆な航海ではなかったようだ 。
それはバブルの崩壊、そして98年から毎年続く船旅の醍醐味を堪能させてくれた世界一周クルーズがニューヨークの同時多発テロを契機に2004、2005年休止、ようやく2年ぶりの2006年に再開されたことからもうかがえる。
そこには商船三井客船の苦悩と並々ならぬ努力があったであろうことが想像できる。
世界一周クルーズの休止は商船三井客船にとって改めて客船にっぽん丸でのクルーズというものを見つめ直す大きな機会となったようだ。就航エリアが日本近海へと重きを置かれたため、新たなマーケットの開拓が求められたのであった。
幸い旅行会社も最近はクルーズに理解を示し、レジャークルーズとしての販売が以前以上に増えたことは彼らにとって追い風であった。バラエティーに富んだ新商品が幾つも生まれた。
その企画の多くが、商船三井客船の部門を越えた社員達のアイデアから生まれたものなのだと広告宣伝担当の早川さんは言う。
実はここ数年マーケットの変化に伴い社員の間では「単に寄港地を変えるしかないのか?」「船を楽しむのは景色だけなのか?」「もっと船内で何かできないか?」と言った声が上がっていたのだそうだ。
そんなテーマクルーズのひとつでもある「oasis にっぽん丸」は女性スタッフが中心となり考えられた企画であった。
昨年に続き2回目となる今年は、ウォーキングでお馴染みのデューク更家さんや女優の浜美枝さん等がスペシャルゲストで招かれた
。“女性を幸せに”といったテーマが多くの女性達のハートを捕えたようだ。
大変好評であったと言う。
また本物志向を謳った商品「プラチナエンターテイメント」。そして今年初めて実現したフライ&クルーズ「飛んでクルーズ北海道」等、乗客にとって乗船しやすく親しみやすいクルーズとするため、日本商船は短いクルーズを増やし、季節の風物や船内でのサービスなどテーマもわかりやすいものとすることに努めたと言う。
そして今少しずつはあるがそれらがようやく浸透しつつあるようだ。
商船三井客船の新たなる展開によってにっぽん丸の日本近海クルーズは今まで以上に充実したものとなったようだ。
3代目となる客船“にっぽん丸”
ところで平成元年を「クルーズ元年」と言うが商船三井客船は実はすでに何十年にもわたり客船を生業として船を運航してきていた。
ふるくは大阪商船時代の南米移住で知られる南米航路で。
また1970年に商船三井客船に社名が代わってからは1973年には初代「にっぽん丸」(前あるぜんちな丸)によって日本初の世界一周クルーズを一度ではあるが行なっている。その後はチャータークルーズ主体とした運航を続け、そして現在のように本格的なレジャークルーズとしてにっぽん丸が登場するのであるが、商船三井客船はいわばその時々で移り変わるニーズに合わせて客層を開拓していたのであった。
現にっぽん丸は初代から数え3代目となる。
伝統が受け継がれた客船の船内には和室や展望風呂が設けられ、日本の客船ならではの心配りがそこかしこに見られる日本人のための上品な客船に仕上げられている。
巨大マーケットを前にする客船業界
2007年から2010年にかけて、今後約1000万人もの日本人達が定年を迎えることになるであろうと言われている。
将来の顧客となりえるまさに有望な巨大マーケットがすぐ目の前に控えているのだから、客船会社達にとってはこれからいかに巧みに舵を操ることがきるのかが大きな課題だ。実際、昨年あたりから、団塊の世代の方々の新たな旅のスタイル等も取り上げられているのだそうだ。それによると最近の60歳は体力面、精神面共に昔と比べ10歳ほど若く、今まで以上に客船側への要望が多いのも彼らの共通する傾向なのだそうだ。「そういう意味ではこれからが私たちは大変なのです。」客船会社側もそれを認識し、また常にアンテナは張っておかなければならないようだ。
こう見てみると客船業界全体に、これからさらに大きな変化が迫られる時代が到来してくるのかもしれない。
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