Mr.JOSEPH FARCUS of cruise-ok


CRUISE DESIGNER

Mr.JOSEPH FARCUS


「今ようやく客船パラダイスとトライアンフのデザインも終え、これからビクトリーの方に取り掛かろうとしているところなのです。」と、自身の近況を語りながら邸宅内へと招いてくれたのは客船デザイナーのジョン・フォーカス氏である。フォーカス氏と言えば一連のカーニバル社の客船を手掛けたデザイナーだ。DZ16.jpg写真をクリックすると拡大表示されます。
今までの客船の概念を大きく覆す船内外の彼のユニークなデザインはカーニバルのコンセプトを見事に形とし現在のクルーズブームを語る上でも忘れてはならない存在なのである。
今回のインタービューはマイアミにある彼の邸宅にて。

彼が客船の仕事に最初にかかわることになったのは1975年のことであった。
カーニバル社の「カーニバル」といった古い客船のパブリックスペースの改装を任されたのがその最初であった。
以後今日までにカーニバル社の客船を12船、またカーニバルの傘下でもあるホーランドアメリカ社の客船を部分的(主にディスコなど)ではあるが4船手掛け、つい最近ではやはり傘下に入ったばかりのコスタ社の客船5船のデザインも進められているところであった。
「ここ数年船旅は“ロマンティックアドベンチャー ”を提供してくれるものとして人々に少しずつ受け入れられるようになりました。船の旅は客船そのものがあたかも寄港地のひとつのように彼等の心を引きつけたのです。
クルーズ中乗客たちはいろいろなことが船内で可能であることに気づき始めました。」 例えば寄港地での滞在を終え船に戻れば、疲れを癒すドリンクや寛ぎの空間に乗客は迎えられる。
それは他の旅にはけ21094.jpg写真をクリックすると拡大表示されます。してないとてもリラックスした体験だ。カーニバル社はその客船の可能性を早くから捉え船内の施設をバリエーション豊かなものへと変えていった。
そしてそのことでカーニバルは現在のような大衆という巨大なマーケットの心を強烈に掴んだのである。

  • 「カーニバル社の客船を選ぶ乗客層は収入・民族・年齢等非常に幅が広いのです。しかし彼らが共通して船旅に求められることは“ファン ”(楽しさ)ということ。

そしてこのことが乗客とカーニバルのクルーズを結びつける最大のキーワードなのです。」 とは言うものの価値観の異なる乗客達を常に満足させることは大変な困難を要すると言う。
「本来多くの方々はデザインというものに対して飽きやすいものなのです。」例えば一日24時間、7日間の滞在中 ( 一週間のクルーズの場合 )彼らを退屈させぬようなデザインを施さねばなりません。「そういう意味では船内デザインに対する発想というのはある種の哲学に近いのではないかと思っております。」氏がパブリックスペースをデザインする上で常に心がけていることは“センス・オブ・ザ・フリーダム ”(自由な感覚 )を乗客に提供すること。
そしてメガシップにこだわりを持つカーニバルでありながら意外であったのが“スモールネス ”(小ささ)だと言う。
異なったテーマを持ったちょっとしたパブリックスペースを多数船内に設けることで乗客達は毎日バリエーションに富んだ“体験 ”を楽しむことができ、特にそれは価値観の異なる人達にとっても非常に大事なことなのだそうだ。そんなコンセプトは、たとえそれが乗客数3000人の巨大な客船であろうともひとりひとりの乗客達の欲求に応えるものだと言う。
「いわば客船一船一船が異なったテーマを持つ街のような風情を醸し出しているのです。」 氏の発想のベースとなっているのは世界史や民族、文明、文化、そして歴史上の人物などだ。
それらは氏には限りないアイデアを提供していると言う。ちなみに近くデビュー予定の“パラダイス ”(ファンタジーシリーズの8船目の新造船 )には、船内のパブリックスペースにかつて活躍した“クイーンメリー ”、“ノルマンディ”、“イルデフランス ”といった名船がイメージされたデザインが施され、全体はノスタルジック調でまとめられたと言う。 
フォーカス氏が客船の世界へと足を踏み入れる以前、氏は陸上の建造物を手掛けるデザイナーであった。
最後に氏が手掛けた建物はナッソー(バハマ )にあるクリスタルパレスといったリゾートホテルである。実はクリスタルパレスと言えば日本の旅行会社が90年代初頭からカリブ海へのツアーを組んだ時パッケージに組み入ビクトリー008.jpg写真をクリックすると拡大表示されます。れられた人気のホテルであった。当時、数々のカリブ海ツアーを企画するパンフレットの表紙を飾った我々日本人にもなじみのあるホテルだ。フォーカス氏がカーニバル社の設立者でもある デッド・アリソン氏に最初に出会ったのは今から28年前のこと、カーニバル社の2船目の客船「カーニバル 」の改装のための船内デザインを依頼されたことからであった。「現在は誰もがカーニバル社とのビジネスを望んでおりますが、当時はまだ銀行に対しての信用も少ないほんの50人ほどの小さな会社で知名度もほとんどありませんでした。」カーニバル社との間で取り交わした契約は2ヵ月であった。その後、彼はカーニバル社が他にオールドシップを購入する(フェスティバル)計画のことを耳にし、アリソン氏に彼がその客船の改装に興味があることを告げたのだと言う。その2日後、彼は氏から「将来計画されているニューシップ(トロピカル)についてのミーティングがあるからぜひ来るように」という電話を受けることになる。そしてミーティング後、彼は新造船のイメージのデザインを完成してくるように命じられる。「私は客船のデザインに一中夜を費やし、翌日私のプランを彼に見せました。ラッキーなことにそれが彼に気に入られたのでした。」と氏は当時のエピソードを懐かしそうに話してくれた。その後彼は新しい客船のためヨーロッパへ飛ぶこととなった。それはイタリア(フィンカティエ )、ドイツ( メイヤー)の2つの造船所で技師達とその計画についてミーティングをするためであった。そしてある日、当時プロジェクトに係わっていた日商岩井の人間によって具体的な興味ある計画を見せられ、その2日後彼等は日本に飛びカーニバル社と日商岩井との間で具体的な契約が結ばれたのだと言う。 氏はカーニバル社の初の新造船「トロピカル」ではファンネルのデザインにも関わっていた。当初テッド氏はカーニバルの客船に従来にないオリジナルのものを求めていた。テッド氏はファンネルに機能以上のもので、飛行機の翼のタービンエンジンのような革新的なものを求めていたと言う。氏はテッド氏の誕生日に合わせデザインをプレゼントし、そして彼はそれを大いに気に入ってくれたのだそうだ。おかしなことに最終的な造船の契約はデンマークの造船所に決定したので、彼はコペンハーゲンに完成したモデルを持っていき実際ファンネルとしての機能をテストしそしてやっとその形は現実のものになったのだと言う。「それ以降、このファンネルシリーズや“デスティニー ”に見られる“ウォータースライド”もカーニバル客船の個性を高めるのに役立っております。」 (ちなみに先のホテル、クリスタルパレスにも“ウォータースライド”はあった)。 プールデッキというのは船で最も活発に乗客達が利用できるスペースということから、プールで泳いだり日光浴をする以上の楽しさを与えるため“ウォータースライド”も客船「フェスティバル 」から採用されるようになった。さらに 「ファンタジー」や「ファンシップ」といったユニークな“客船名 ”や“フレーズ ”はカーニバル社の客船達のコンセプトを明確に伝えるのに都合良いことから、それは彼等のイメージ戦略のひとつとして積極的に使われるようになった。ちなみに他の客船会社もここ数年同様な客船造りを目指すようなってきているのだと氏。
「客船造りには私を熱中させるほどに引きつけるものが沢山あります。そのような意味でも私は将来においてこれからも客船アーティストといった立場で客船産業に関わっていくつもりでおります。しを入力します


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デザインした客船達

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