Mr.FRANSE DINGERMANS of cruise-ok


CRUISE DESIGNER

Mr.FRANSE DINGEMANS

2001.8


「まるでミュジーアムのような船内・・・。」ホーランドアメリカ(以後HAL)社の客船に乗船した者たちの口からこぼれる言葉は皆一様だ。そしてその言葉は今やすっかりHAL社の客船達の代名詞となった。 客船デザイナー、フランスイ・ディゲマンス氏にインタビューした。
彼の仕事はホーランドアメリカ(HAL)社の客船に乗船する客が心豊かにまた日常とかけ離れた夢のようなひとときを満喫できるよう船内を創造することである。
具体的にはキャビンを始めとしたすべてのパブリックスペースのデザイン、そしてそこに調和するアート類の搬入、設置にいたるまで統括指揮するのが彼の仕事だ。


“HAL社の客船というひとつのテーマ”を通し、そこに何があるのかを彼とVFD社の約40人のスタッフが日々模索し検討を続けている。
「HAL社の客層はマーケットの中でも最上級クラスの方々が中心を占め14日以上の長期クルーズであっても、飽きぬよう船内は魅力的なものに仕上げられています。」とディゲマンス氏。
現在、彼等が手掛けたHAL社の客船は8船目となるが初めて客船会社オーナーから彼に託されたイメージは、「マホガニーシップ」というとても漠然としたものであったのだそロッテルダム0020.jpg写真をクリックすると拡大表示されます。うだ。
オーナーはHAL社のかつての豪華な趣はそのまま継承することを望み船内を上品なアートやアンティックで飾ることを求めていた。その結果エレガントさを醸し出しながらもややオールドファッション的な落ち着いた客船に仕上げられた。以降デビューする客船にはベビーブーマーをマーケットのひとつとして取り込むことも想定し、デザインは少しずつより現代風なものを意識し変化させていると言う。だがそれが海上に浮かぶ客船といった特殊な制約故に作業は彼を幾度となく悩ませた。
それは火災時など安全上の非常ドアの設置やまた船内で使用される材料がすべて火災に対する安全性を持ったものでなければならないということであった。またパーティーなどで袖なしドレスを着る機会の多い婦人方のことも考慮に入れ、乗客が常に心地よさを感じられるように、エアーコンディションの通風位置にも注意する必要があった。
“乗客の流れ”や“静寂を妨げる騒音”はそれぞれのパブリックスペースの配置を決定づける大きな要因だと言う。
船内をデザインする上で本当に大切なこととは普段、乗客の目に触れることのない部分にもあるのだと彼は言う。 さて後に登場した客船は、ごく僅かな改良を除いて船内のスペースのレイアウトなどに変化はない。それはそれらがすでに彼等の理想を満たしていると言うこととまたコストがその最大の理由なのだそうだ。 
数億円にも上るという巨費を投じ船内に飾られたミュージアムクラスのアートとアンティックの数々は乗客の目を楽しませ“ニュースタンダード”としてのHAL社の客船に、他とは異なる個性をもたらしている。それらは全てヒストリアン(歴史の専門家)でもありアートエキスパートでもある彼のスタッフ達により世界中のコレクター、またカタログから、そして時にはアーティストに直接制作依頼し、そのスペースにふさわしく厳選したものばかりである。 
以前はそれらを設置するにあたり、安全面、重さという点が最大の問題であったが、ここ数年の技術革命がその問題を解決させた。それが彼と共に働くアーティストが特許を得た“エコーデコ”という新素材であった。“燃えにくく”また“有毒ガスの発生”がなく、それでいて“軽量”かつ“真鍮や石、ブロンズ、さらに皮のように見せることができる”など柔軟性に富み、あらゆる点でそれは優れていた。現在それは彼がデザインした客船アムステルダムのアトリウムの巨大な“アストラブルクロック”(時計)でいかんなく発揮され目にすることができる。 ロッテルダム0098.jpg写真をクリックすると拡大表示されます。
ディゲマンス氏は1942年にオランダで生まれた。
建築技術を学ぶため彼はデルフトテクニカル大学に入学し首席で卒業した後、フリーで建築やオフィス等のデザインの仕事に携わる。
そして70年代の終わりに、HAL社と関係のある建築家のチームに参加したことを契機に本格的にクルーズの世界へと足を踏み入れることとなる。
HAL社はかつてオランダからアメリカへの移民のための船を就航させてきた歴史の古い船会社であった。
ところが航空機の登場で輸送手段としての客船はもはや利益を上げることが困難となり、87年“ウエステルダ”“ニューアムステルダム”“ロッテルダム”“ノールダム”の4隻の客船を所有するHAL社は、故テッド・アリソン氏(99年)率いるカーニバルクルーズ社に買収されることになる。
テッド氏はHAL社にそのまま以前のマーケットを続けることを望み、また将来のHAL社の客船のことを考え今後登場することになる新造船のデザインも同じデザイン会社に任せることに決めていた。そして89年、突然彼に新造船“スターテルダム”の話が舞い込んできたのであった。
当時、彼の上には優秀なデザイナーがいたが彼はすでに定年を間近に控えていたため、その彼を飛び越えてのそれは大抜擢であった。
“スターテルダム”では、デザイナーのジョー・フォーカス氏(一連のカーニバルクルーズラインの客船のほぼ全て、新しくは「コスタアトランティカ」のデザインも手掛ける)が船内デザインにかかわっていた。当時のテッド氏のフォーカス氏への信頼は絶大で当時の彼はショーラウンジとクロウズネストの担当だけでなく、客船のアートワーク(美術品)選定チームの一員でもあった。93年“スターテルダFR04.jpg写真をクリックすると拡大表示されます。ム”完成後、テッド氏はディゲマンス氏にすぐに次の新造船の話を持ちかけてきた。
しかし2人のデザーイナーに任せるにあたり、テッド氏とミッキー・アリソン氏(テッド氏の息子。現チェアマン・オブ・ザ・ボード&チーフエグゼクティブ・オブ・ザ・オフィサー)の2人は次の新造船「マースダム」の造船で「デザイン、哲学、マーケットへの柔軟性を考えて、やはり一人のデザイナーに全てのシリーズを任せる方が賢明であろう。それがきっと将来においても造船所や供給者たちなどのコーディネーションの問題を回避させる上で得策なのでは・・・。」という結論を出していた。そしてそれ以降ディゲマンス氏はホーランド・アメリカの客船のほぼ全てのデザインなどを任されることとなる。 
「現在、マーケットには多くのライバル会社の存在がありますが、私の(HAL社)のブランドは最高のクルーがサービスにあたるベストバケーションであると自負しております。」


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彼がデザインした客船達


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